労働者を支配していたのは誰だ

1980年代まで、イギリスの労働者を支配していたのは労働組合であった。

 

イギリスでは業種別組合が多く、炭坑夫は炭坑夫で組合を作り、看護師は看護師で集まって組合を作っていた。

 

そのため経営者が労働者を雇う場合はまず、雇いたい職種の労働組合と協定を結び、組合に属している労働者を斡旋してもらった。

 

こういうのを「クローズド・ショップ制」と呼ぶが、経営者にとって仕事ができる労働者は組合に頼めばよいし、労働者は組合に加盟することで、仕事先を斡旋してもらえたから便利だった。

 

ショップ制は労使間の協定の形であり、雇用契約にも含まれるのだが、他にも、ユニオン、オープンというショップ制がある。

 

労働組合 ショップ制のいろいろ
クローズド・ショップ制特定の労働組合からしか従業員を雇わないという協定。

 

産業別組合など、特定のスキルを持った労働者が組合を作っている。

 

ユニオン・ショップ制従業員として雇われたモノは、労働組合に加盟しないとイケナイという協定。

 

オープン・ショップ制従業員として雇われたからと言って、労働組合に参加するかどうかは労働者の自由意志によるという協定。

 

クローズド・ショップも、ユニオン・ショップも、労働組合に加入していないと働けないので、組合に非常に都合の良い制度であった。

 

特にクローズドショップ制では、組合幹部が組合員に対して大きな権力を持つことになった。

 

というのも労働者は幹部に従わないと仕事にありつけないので、組合の指令には「絶対服従」しないといけなかったからだ。

 



クローズドショップ制は、アメリカでは1947年に禁止

クローズド・ショップ制は、労働組合によって非常に都合が良く、組合による労働者支配力も強すぎた。

 

というのも労働組合に入らねば、まともな職には就けない仕組みだから、組合員を集める手間もほとんどないし、組合員を組合のために利用できたから。

 

しかしこれでは「現代の奴隷制」である。

 

なのでリバタニアンの多いアメリカでは、1947年のタフト・ハートレー法で、全面的に禁止されていた。

 

リバタニアンというのは他者の権利を侵害しない限り、個人の自由を最大限尊重すべきだと考え徴兵も政府による国民搾取だと考える人々だ。

 

ところがイギリスでは労働組合の勢力が大きすぎて、80年代までクローズドショップ制が許可されていた。

 

なので労働組合が共産主義者に支配されてしまうと、労働者は自分の主義主張にかかわらず、政権打倒のためのストに動員されてしまった。

 

そのためサッチャーは、労働者の権利は労働者自身にあり、労働組合は労働者の権利を労働者自身に返すべきだと「労働組合の民主化」を訴えた。

 

またストを行う権限も制限し、ストを行う場合は組合員の投票による決議を必要とし、非公式ストの場合、組合員費の支出は、凍結できるように法律を改定した。

 

そして1927年のゼネスト後に禁止され、戦後、労働党政権によって解禁されていた同情スト(争議に直接関係ない他業種の労働組合が行うスト)も、1980年に再び禁止して、違法行為とした。

 

イギリスでクローズド・ショップ制が廃止されるのは、結局1992年になるまで待たなければならなかったが、こうしてサッチャーは法律を改定してストの実施に様々な制限を加え、共産党分子に支配された労働組合が好き勝手できないようにしてから1984年になってようやく、石炭労組との決戦に臨んだわけである。


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