イギリスの無料医療 国民保健センター(NHS)とは
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NHS(国民保健センター)とは、第二次世界大戦後の1948年に発足した、イギリスの国民無料医療制度だ。
イギリス経済は第二次世界大戦で、ドイツ軍の爆撃によって甚大な被害を受け、国もGDPの2倍半もの借金を抱えていた。
そこで戦後復興の名目で基幹産業を国営化し、資源配分を復興のために優先させた。
また医師や看護師を公務員化することによって、国民に無料で医療を提供できる仕組みを作り、戦争で疲弊した国民の健康維持を図った。
NHSの構想は、戦中の1942年に発表された、「ベバリッジ報告」によってシステムの概略が示され、それが戦後復興のための仕組みの一つとして実現した。
これは当時のアトリー政権が掲げる「ゆりかごから墓場まで」という高福祉国家建設の一環であったが、失業対策も兼ねていた。
というのも基幹産業の国営化やNHS設立は大量の雇用を生みだし、戦争で職を失った国民に職を提供する大きな役割を果たしたのだ。
このNHSの運営資金は税金で賄われ、国民の治療費は原則無料になっている。
ただしNHSを利用するには、GPと呼ばれる「かかりつけ医」の診断を受けて、GP医が必要だと判断したときのみ、専門病院で治療を受けることができる。
GPとは、General Practitionerの略だが「ゲートキーパー」とも呼ばれ、最初にGPという「番人」を置くことによって無駄な治療や過剰な治療を抑制し、専門病院が程度の軽い患者で混み合わないように図っている。
現在、イギリス全国に8,000カ所のGP診療所があり、約3万5千人のGP医が勤務している。
またNHS全体では、医療従事者を150万人も雇用している。
医師不足と病院施設の老朽化に悩まされるNHS
イギリスの無料医療制度NHSは、効率的に医療サービスを提供するため、まず全国8,000カ所にあるGP診療所で専門的な治療が必要かどうかを診断する。
GP医の診察によって専門病院に送られる患者は、受診者の2~5%程度であり、簡単な治療や健康指導などはGPが行う仕組みだ。
また緊急を要するけがや疾病の場合は、救急車によって直接専門病院に運ばれ、そこで治療を受けることとなる。
これによって高度な治療を行う専門病院が、風邪などの軽度な患者で混み合わないように、調整しているわけだ。
出産費用は無料だが、入院できる日数は少ない。
また眼科治療と歯科治療は一部有料だが、低所得者には減免制度もあって、実質無料。
NHS診療以上の治療が受けたい場合や、急いで治療を受けたい場合は、有料の私立病院で治療することもできる。
GP医以外の自由診療の利用率は10%程度で、90%の患者はNHSを利用しているという。
医者に関しては、殆どが国立の医学部を卒業しており、公務員待遇になっているが、副業も可能になっている。
つまり割り当てられた勤務時間外であれば、他の病院などで診療行為を行っても良いことになっていて、外部診療でも稼げる仕組みである。
GP医の収入は、約700万~1500万円くらいで、外部診療で数千万円も稼ぐ医師もいるらしい。
さて、NHSの大きな問題は、予約待ちの長さと、院内感染だ。
90年代のイギリスの医療費総額の対GDP比率は、約7%で、先進国では最低のレベルだった。
サッチャー政権が誕生して以降、予算の伸びが抑制され、予算の伸び率はGDPの伸び率を下回ったため、設備不足や医師不足が発生して、癌の手術などは半年待ちが当たり前になった。
特にひどい時期にはGP診療に半年も待たされたり、慢性病の手術が2年待ちになるようなことも起こった。
病院施設の老朽化も起こっており、院内感染もたびたび発生して社会問題になった。