クロムウエルが目指したものとは?

チャールズ1世が戦費調達のために1640年に招集したイングランド議会(長期議会)。

 

課税や国教の扱いを巡って王党派と議会派が対立、足かけ9年にわたってイングランドでは内戦が繰り広げられた。

 

そして議会派の勝利が確実になった頃、また新たな対立が生まれる。

 

それは王党派との和解を目指す長老派と、国王を廃して独立を目指す独立派の対立だ。

 

独立派に属していたクロムウエルはここで、軍事クーデターによって長老派を排除し、独立派のみで構成された残部議会(ランプ議会)によって巻き返しを図ったチャールズ1世を捕らえて処刑する。

 

残部議会は、王政・枢密院・貴族院を廃止し、700年の歴史を誇る貴族院もここでいったん廃止されてしまう。

 

そして共和政宣言が行われ、1649年に共和政イングランドが誕生する。

 

国王や枢密院が行っていた国政は、新たに作られた国家評議会によって引き継がれたが、そのメンバーは議会によって選出され、殆どが下院議員であった。

 

この辺りから議院内閣制のアイデアが出てくるようになるわけだね。

 

※枢密院(すうみついん)…行政を行う最高機関



アイルランドとスコットランドも支配下に

クロムウエルは当時、勃興しつつあった中産階級の支持を集めることに力を入れ、重商主義・商工業を重要視する政策をとった。

 

というのも実は鉄騎隊の主力というのは、ジェントリ(小地主)やヨーマン(独立農民)の階層の出であったからである。

 

彼らは没落していく貴族や封建諸侯とは逆に、商業活動などを通じてドンドン実力を付け中産階級化しつつあった。

 

また王党派軍との戦費を賄うため、王党派の貴族や諸侯から没収した土地の再分配なども始めた。

 

イングランドの内戦では議会派が勝利したが、隣接するスコットランドやアイルランドではまだまだ王党派が反撃のチャンスを狙っていたのだ。

 

そこでクロムウエルはアイルランドに自ら出兵してアイルランドをイギリスに併合。

 

チャールズ1世の息子(チャールズ2世)が上陸したスコットランドにも、自ら出向いてスコットランド軍を撃破してイングランドによる支配を行った。

 

これによって共和政イングランドは一応の安定を得るのだが、ここから軍と議会との対立が始っていく。

 

つまり常備軍を維持するコストが膨大になったため、議会が軍縮を求め、軍がそれに反発するという構図である。

 

NEXT:常備軍は金食い虫


このエントリーをはてなブックマークに追加