終わりのない悪性のコスト・プッシュ・インフレ

1964年の総選挙で、13年ぶりに政権を奪還した労働党、最年少記録である48歳にして首相となったハロルド・ウィルソン。

 

ウィルソンの個人的人気もあって、安定多数を狙った66年の選挙では、狙い通り過半数を大きく超える364議席を獲得して政権を安定させる。

 

ところが労働組合のストを起点とする終わりのないコスト・プッシュ・インフレが、イギリス経済を蝕んでいった。

 

コスト・プッシュ・インフレというのは、生産コストの上昇分が価格に転嫁された結果、様々な商品の値段が上がるという形のインフレだ。

 

たとえば今、世界中で穀物価格が上昇して、小麦の値段が上がっている。

 

これは中国や東南アジアやアフリカの人口が急増して、穀物需要がどんどん増えているために価格が上昇しているのだ。

 

需要が増えた結果、値段が上がるというインフレは、ディマンド・プル・インフレ(需要が引っぱるインフレ)と呼ぶのだが、小麦を仕入れて商品を作る食品会社は、自社商品の販売値段を上げざるを得ない。

 

小麦はありふれた食品であるから、小麦価格が上がると様々な食品の価格が上がり、食品価格の値上がりは家計を圧迫し始める。

 

小麦粉のみならず、ラーメン、うどん、パン、餃子、シュウマイ、お好み焼き、たこ焼き、パスタ、ピザ、ハンバーガーなどの値段が、ジワジワ上がっていく。

 

そこでどこかの企業の労働組合が、「生活が苦しい」とかいってストを始めたりする。

 

「生活が苦しいから、賃金を上げろ」と言ってストを始める。

 

ただし賃金アップで商品価格が上がって、企業の業績が悪化して倒産したら元も子もないので、普通の企業はギリギリの賃金アップで労使交渉がまとまる。

 

ところが国営企業や公的組織の企業で賃上げストが始まると終わりのない悪性のコスト・プッシュ・インフレが続く。

 

60年代、70年代のイギリスでは、これが常軌を逸していた。

 



2けたのインフレで、国際競争量を失い、ポンド安が進む。

「生活が苦しい、賃金を上げろ」といって、毎年ストの先陣を切るのは、日本では国鉄(今のJR)の労働組合であった。

 

当時の国鉄は日本の物流を担っていたし、国鉄職員は準公務員的扱いで、よほどのことがないと首にできなかったのだ。

 

一方、イギリスでストの先陣を切るのは、炭坑の労働組合(炭労)であった。

 

というのもイギリス社会で石炭は、必要不可欠な生活必需品だったからだ。

 

産業革命はイギリスで始まったわけだが、それを支えたエネルギーは石炭であり、石炭無しではイギリスでは生活できなかったのだ。

 

1万2千人もの死者を出し、世界中に大気汚染の恐ろしさを見せつけた、1952年のロンドンスモッグ事件の原因は石炭のススで、イギリスの冬は石炭無しには暮らせなかったのだ。

 

なのでその石炭を掘り出す炭坑労組のストライキは、イギリス経済に大きなインパクトを与えていた。

 

つまり炭坑労組のストライキが長期化すれば、イギリス国内のエネルギーが不足して生産が止まるし、長期化しなくても石炭価格は上昇してインフレが起こったのだ。

 

さらに鉄鋼業や電力会社、交通機関の労組もストを実施し賃金引き上げを図ったから、さらに運賃やエネルギーコストが上がった。

 

こうして毎年2けたのインフレが続いたもんだから、炭坑労組は毎年「生活が苦しい」といってストを打ち続け、それがまた2けたのインフレの原因となった。

 

そうしてイギリスでは物価が上がり続け、イギリス製の商品はすっかり国際競争力を失った。

 

イギリスの通貨ポンドは値下がりし続け、IMF(国際通貨基金)の援助を受けなければ、対外債務の支払いにも窮するようになってきた。

 

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