サッチャー政権、地方税改革に乗り出す

1989年、サッチャーは地方税改革に着手した。

 

サッチャーは財政赤字削減のため、教育・福祉・軍事の3部門について、様々な削減策で赤字を減らそうとしていたのだが、失業者が3倍にもなったため失業給付が増大し、なかなか財政の黒字化が達成できなかった。

 

そこで地方議会の支出をチェックし、一般交付金など地方への支給を厳しく削減していたのだが、別の問題が出てきた。

 

というのは、ミリタント派に支配されたリバプール議会のように公務員の削減や公共セクターの支出を削減せずに、レート税の税率をどんどん上げる自治体が、目立つようになってきたのである。

 

レート税というのは固定資産税の一種であり、その土地に住む者が支払う伝統的地方税だが、様々な軽減措置により、熟練労働者以上が住む住宅と、商店や企業などが使う業務用の土地建物にしか課税されない、非常に不公平感が大きな税制だった。

 

特に労働党の勢力が強い地方自治体では、公務員など公共セクターの収入・雇用を維持するため、レート税率が高くなって企業活動にも支障が出始めた。

 

つまり

地方自治体が公務員や公的職員を減らさない→地方税(レート税率)が高くなる→企業の営業コストが増加し、利益が減る→利益が出ないので企業が雇用を減らす・撤退する→失業者が増えるので、その分、公務員や公的支出を増やす→翌年のレート税制がさらに上がる→企業のコストがさらに上がり、リストラで失業者がさらに増える
と言う風に、悪循環に陥ってしまったのだ。

 

これでは企業はおちおち事業を続けていけないから、こういう自治体には進出しなくなる。

 

内外から投資を呼び込んでイギリス経済再建を目指すサッチャーにとって、このレート税制の悪循環は大問題だったのだ。

 



人頭税強行で人気凋落。 サッチャー退陣

80年代後半のイギリスでは、地方自治体が公務員の雇用を維持するために地方税(レート税率)を高く設定して、企業にしわ寄せをし始めた。

 

これによって企業の収益が悪化し、雇用を減らしたり撤退したりという事が起こった。

 

失業率が上がると失業を減らすために、自治体が支出を増やしてまたレート税率を上げ、それによってまた企業の採算が悪化して、失業問題が深刻になっていった。

 

これを断つためには地方税改革が必要だ。

 

そこでサッチャーは、「居住レート税」をコミュニティ・チャージ税に、商店主や企業に課税する「事業用レート税」を、地方税から国税に変更して再配分することにした。

 

事業用レート税は、主に企業が負担する税なので、イギリス全土で共通の税率にして徴収し、それを地方に戻すという形に変更することによって、地方税の地域間格差を減らし、企業が進出しやすくなるように図ったわけだ。

 

一方、大問題に発展したのが、コミュニティ・チャージ税だ。

 

これは住んでる家族の頭数分だけ税金を課すというもので、「人頭税(poll tax)」と呼ばれる逆進性が異常に高い税制だった。

 

逆進性というのは、所得の少ないほど負担が大きくなるという意味で、税金の負担能力があるかどうかにかかわらず、16歳以上の人数で課税したからたまらない。

 

人頭税では、大邸宅に住む一人暮らしより、狭いアパートに住む子だくさん家族の方が何倍も高い税金を支払うことになり、とんでもない不公平感を生み出した。

 

民主主義国家は国民1人1人が支えるものだから、全員同じだけ税金を負担すべきだというのが人頭税の考え方だが、現実問題として税負担能力がない人間にも負担を求めることになり、大規模な不払い運動や暴動まで発生した。

 

人頭税によってサッチャー人気は急激に衰退し、90年の保守党党首選の一回目の投票で過半数に4票届かなかったことで、マーガレットは引き際を悟り保守党党首を辞任した。


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