イギリス革命前夜・庶民の台頭

イギリス革命前夜・庶民の台頭

貴族の没落と、力を付ける農民と商人たち

13世紀初めから終わりまで続いた
国王と議会の権力闘争は
マグナカルタ(イギリス大憲章)と
ウエストミンスター条項を国王が遵守し、
貴族院と庶民院からなる
二院制議会をイングランドにもたらした。

 

その後もイギリスはフランスとの戦争を続け、
14世紀にはフランス王位継承権を巡って
百年戦争が起こる。

 

一旦はフランスを支配下に入れたイギリス軍だが、
ジャンヌダルクの活躍によってフランスに巻き返される。

 

一方国内ではペストが流行して農民が不足し出す。

 

そこで農民を土地に縛り付ける農奴化を進めようとするが、
ワット・タイラーの農民反乱が起こり、農奴制の廃止を余儀なくされる。

 

そして15世紀にはいるとイングランド王位を巡って
ランカスター家とヨーク家の薔薇戦争が起こるのだが、
長年にわたる戦争は貴族や騎士階層を疲弊させて行き、
その後の「絶対王政」時代へと移っていく。

 

つまり貴族階級や騎士階級が没落したことによって、
相対的に国王の勢力が増大して、パワーバランスが変わったというわけだ。

 

そして航海技術の発展によって交易が盛んになり、
大商人や大農民が力を付けていく。



清教徒革命

イギリスは16世紀に入るとエリザベス女王の時代に、
スペインの無敵艦隊を破って、世界帝国への礎を築いていく。

 

この間のイギリスでは農業技術も少しずつ進歩し、
伝統的な三圃式農業から徐々に輪栽式農業が広まっていく。

 

三圃式(さんぼしき)農業というのは、
農地を三つの地域に分けて、
冬の穀物を作る土地、夏の穀物を作る土地、
そしてもう一つは休耕地にして土地を休ませる方式だ。

 

西ヨーロッパは日本のようにジャンジャン雨が降らないし、
肥料も少なかったので土地を休ませる必要があったのだ。

 

ところがクローバーやカブなどの根菜を休耕地で栽培して、
それをエサに家畜を舎飼いすることによって農業生産を増やせることがわかってきた。
これがつまり輪栽式農業というやつだ。

 

輪栽式(りんさいしき)農業とは、
小麦→カブ→大麦→クローバーという風に
ローテーションで土地を利用する農業であるが、
これによって農業生産力が大幅に改善された。

 

そうしてイギリスでは農業が徐々に産業化し始め、
農民も独立農民(ヨーマン)と農業従事者に分かれていった。

 

農業経営が得意な農民はドンドン勢力を伸ばし、
そうでない農民は農業従事者になるか、ロンドンに出て労働者となっていった。

 

こうして時代は聖職者と貴族の時代から、商人と農民の時代へと移っていく。
国王に反抗するのは聖職者や貴族ではなく、商人や農民と言うことになるわけである。

 

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