ウォルポール、貴族の弱みを握る

ウォルポール、貴族の弱みを握る

ウォルポール、政治手腕を発揮

1720年、南海株式会社の株価が暴騰して、イギリスに空前の株式投資ブームが起こる。

 

二束三文の株も株価が上がり、無許可の株式会社の株も暴騰する。

 

ところが上がりすぎた株価が、下がるのはあっという間である。

 

金だけ集めて泡のように消えてしまう会社もありそういう泡沫会社を規制しだしたら、投資家心理もいっぺんに冷えて、暴落につぐ暴落。

 

これがいわゆる「バブル崩壊」だ。

 

ところがバブル崩壊騒ぎは、政界へ飛び火することになる。

 

南海株式会社が国債を引き受ける権利を取得するために、王族や政府の要人などにワイロを贈っているといううわさが立ったのだ。

 

バブル崩壊で大損した投資家たちは激怒して、議会では野党トーリー党が、真相究明を要求し始めた。

 

これが「南海泡沫事件」と呼ばれる事件で、大スキャンダルである。

 

このままでは王族や貴族の評判にも傷が付いてしまう。

 

多数党であったホイッグ党は、ここで財政に明るいウォルポールを起用する。

 

そしてウォルポールは野党トーリー党の責任追及を上手くかわして、王族や貴族の評判に傷が付くことを避けて、事態を収拾させた。

 



そして議会制民主主義が始った

南海泡沫事件を上手く収束させたウォルポール。

 

このことで彼は国王ジョージ1世に認められ、第一大蔵卿となり内閣首班を務めることになる。

 

内閣首班というのは今で言う首相で、つまり彼はイギリス初の首相になったわけである。

 

イギリスを留守にしがちな国王に限って、ウォルポールはイギリスの政治を21年の長期にわたって取り仕切ることになる。

 

何しろウォルポールは南海泡沫事件処理の過程で、王族や貴族、有力議員などの弱みを握っているから、少しくらいの無理はたいてい通せるからね。

 

また執念深く王位を狙うジャコバイト(ジェームス2世支持派のカトリック勢力)の脅威を利用し、保守的なトーリー党を寄せ付けず、ホイッグ党の天下を作り上げた。

 

この間にウォルポールは様々な議会改革を行い、議院内閣制の制度はウォルポール首相の下で整えられ、議院内閣制をとる多くの民主国家の見本となっている。

 

たとえば首相は庶民院で多数をとった会派の代表が指名されるとか、首相は庶民院の不信任決議を受けた場合、議会を解散するか内閣総辞職するだとか。

 

法案の審議には庶民院を優先し、貴族院はそれに13ヶ月だけ待ったをかけられるとか。

 

(否決された法案は、1年間再提出できない)こういった仕組みも、イギリス議会の歴史の中でできたもので、その後もグレイ、ディズレイリ、グラッドストン、ロイド=ジョージなど、そうそうたる首相が議会制民主主義の仕組みを作っていくわけである。

 


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