自由か平等か

自由な社会か、平等な社会か

 

20世紀の欧米民主主義国では、常にこの自由と平等という二つの価値観の間を、行ったり来たりする形で政権交代が起こってきた。

 

たとえばイギリスでは、自由を重要視するのが保守党、平等を重要視するのが労働党で、保守党と労働党が交互に政権を担当する形で、国家が運営されてきた。

 

そして保守党が政権に就くと、公営企業が民営化され、労働党が政権に就くと、基幹産業が公営化された。

 

つまり保守党が政権に就くとイギリスは自由主義国になり、労働党が政権に就くとイギリスは社会主義国になると言うように、かなり極端に揺れ動く形の政治体制が続いてきたのだ。

 

一方、アメリカでは、共和党が自由を重要視し、民主党が平等を重要視する政党で、やはりこの二大政党が交互に政権を担当した。

 

共和党が政権に就くと減税と規制緩和が進み、民主党が政権に就くと増税(減税廃止)と、公的サービスへの支出が増えた。

 

アメリカの場合は元々国王や貴族がいない国であり、民主主義しかない国家であったため、イギリスほど極端に政治体制が変わる訳ではないが、それでもやはり自由と平等の間で揺れ動いてきた。

 

一般には、自由を重んじる国を『自由主義国』、平等を重んじる国を『社会主義国・共産主義国』と言う風に分類しているようだが、そう簡単に分類できるモノでもない。

 

というのも戦後の歴史をひもとくと、西側主要国であるイギリスも、限りなく社会主義になっていた時期があるのだ。

 



イギリス労働党100年の歴史

イギリス労働党の歴史は約100年前に始まる。

 

1900年に作られた労働代表委員会が、労働党の始まりとされていて、まだ百年あまりの新しい政党だ。

 

百年も歴史があって「新しい」というのも妙な話であるが、なにせイギリス議会は700年の歴史がある。

 

その辺りの話は議会制民主主義の歴史にまとめたが、イギリスの議会は国王の諮問機関からスタートして、徐々に国家の代表機関に成長していった歴史を持つ。

 

因みにイギリス議会は、パーラメントと呼ぶが、これはフランス語のパーラー(話す)が語源で、元々国王の周辺で話す会だったと言うことである。

 

そして二大政党制の始まりもやはりイギリス議会で、現存するイギリス保守党や自由民主党の始まりは、トーリー党とホイッグ党という二つのグループだった。

 

王政と地主利益を重く見るトーリー党(後の保守党)と、商業や貿易を重視するホイッグ党(後の自由党→自由民主党)が、イギリス議会で議論を戦わせてきたのだ。

 

このトーリーとは、アイルランドの追いはぎのことで、ホイッグとは、スコットランドの反乱分子のこと。

 

お互い、相手をののしる罵声であったのだが、浴びせられた罵声がそのまま党名となったわけだ。

 

このトーリー党とホイッグ党が誕生したのは、お騒がせジェームスが議会を二分のところで見たように清教徒革命(1660年)の後に即位したチャールズ2世の時代である。

 

なのでこの二つの政党は、ざっと300年以上の歴史があるので、100年しか歴史がない労働党が「新参者」と言われても不思議ではないわけだな。

 

しかしこの新参者の労働党が、第二次世界大戦を契機に、自由党を追い落として二大政党の片翼を担うことになるのだ。

 

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