民主主義の始まりは、戦争のための市民会議

民主主義・デモクラシーの起源は、古代ギリシャの都市国家アテナイの民会(エクレシア)だとされる。

 

アテナイでは紀元前5世紀に、すでに直接民主制による議会があり、市民権を持つ成人男性は、アゴラという広場に月4回集まり、主に戦争に関する議題などを審議した。

 

当時のアテナイの人口は、3万人の市民と、約6万人ほどの奴隷や在留外国人が存在していたというから、民会は数千人規模の集まりと言うことになる。

 

しかし2500年も前になぜ、このような民主制が発生したかというと必要があったからだろう。

 

というのも海を挟んだ向かい側に超大国ペルシャが存在し、ギリシャ諸国とエーゲ海の覇権を争っていたからである。

 

大国ペルシャに滅ぼされないよう、戦争に行く市民たちは集まって軍会を開いた。

 

戦争のためには様々な相談や打ち合わせが必要で、だからこそ皆で集まっていろいろ議論して意思統一するということになったわけだ。

 

そしてペルシャ戦争が終わった頃には、船の漕ぎ手として重要な働きをした下層市民までこの議会に参加し、軍会は民会となった。

 

だからアテナイの民主制は別名、軍事民主制と呼ばれる。

 

つまり民主主義、デモクラシーというのは、戦争に必要だったわけだね。

 



公務員をくじ引きで決めるのが民主制?

プラトンやアリストテレスは、デモクラシーに対しては懐疑的であった。

 

アリストテレスなどは政体(政治体制)を統治者の数と善悪で6つに分類した。

 

それは

  • 王政と僭主政(せんしゅせい)
  • 貴族政と寡頭政(かとうせい)
  • ポリティアと民主政
と言うものであるが、民主政・デモクラシーは、多数の統治者が自己利益のために行う良くない政体に分類しているほどだ。

 

というのもプラトンやアリストテレスが生きた時代には、アテナイ市民の経済格差が大きく、スパルタとのペロポネソス戦争(BC460〜404)後には手当ても支給されるようになって、民会出席だけで食っている市民もいたらしい。

 

そしてソクラテス、プラトン、アリストテレスが問題にしたのが、行政官(公職・公務員)の決め方だった。

 

というのもアテナイの直接民主制では、行政官を希望者のくじ引きで決めていた。

 

アテナイ市民の男性であれば誰でもくじ引きに参加し、くじに当たったら公務員になれるという仕組みである。

 

将軍などの上級士官以外はくじ引きで決められ、なんと裁判官もくじ引きで決めたという。

 

当時のアテナイでは、くじ引きというのは神の選択だと考えられていて、公職に就く者をくじ引きで選ぶことは不思議でも何でもなかったらしい。

 

しかしソクラテス、プラトン、アリストテレスというギリシャの三大哲人は、「専門知識を持った者が公職を担うべき」という風に考え、デモクラシーを善くないものとして捉えていたようだ。

 

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