ナポレオン3世、イギリスの選挙法改正を思い留まらせる。

1860年代に再び要求が高まった選挙法改正。

 

自由党の大蔵大臣・グラッドストンは、上級労働者である熟練工までを有権者とすべく不動産を持たない間借り人までを有権者とする選挙法改正案を提出した。

 

この法案は下院でギリギリ可決されたのだが、同じ自由党議員から文句が付いて廃案になってしまった。

 

その原因は、急激に有権者数を増やすと、何が起こるか分からないと危惧されたかららしい。

 

というのも隣国フランスでは、フランス革命50年後の1848年に男子普通選挙制が導入され、21歳以上で、6ヶ月以上定住している男性全てに選挙権を与えていた。

 

ところが選挙結果が思うように出なかったため、怒った左翼労働者たちが武装蜂起して、なんと5,000人もの死者を出したのだ(六月蜂起)。

 

さらにその後の第二共和政では、大統領に選出されたナポレオン3世が、集会結社の自由や出版の自由などを禁止し検閲を始めた。

 

1851年にはナポレオン3世はクーデターで、政治の実権を握っていた国民議会を解散し、国民投票によって皇帝の位に就いてしまう。

 

つまり、いきなり普通選挙を実施しても、フランスのように過激な労働者が武装蜂起したり、庶民の熱狂的な支持を集めるナポレオン3世のような独裁者が出てしまう実例がすぐ対岸にあったのだ。

 

グラッドストンの選挙法改正案では、いきなり間借り人まで有権者にしようとしており、線引きのしようによっては、一気に男子普通選挙まで参政権が拡大してしまう。

 

これはさすがに危険だから、止めておこうという心理が働いたようだ。

 



ディズレーリ、自由党の分裂を狙うが、失敗。

グラッドストンの選挙法改正案は、あまりに急激に有権者数を増やすものだったため、同じ自由党の議員からも拒否反応が強く、結局廃案になってしまった。

 

しかし選挙法改正を求める民衆の声は強く、武装蜂起をちらつかせる勢力まで出てきた。

 

そこで保守党のディズレーリは、新たな改正案を提出した。

 

それが戸主選挙権制だ。

 

ディズレーリは都市に2年以上居住し、地方税を直接納税している男子戸主に選挙権を与えるという改正案を提出した。

 

つまり税金を払っていて、立派な家を借りている男子戸主に選挙権を与えるという制度である。

 

イギリスでは、土地は貴族が所有していて、土地や家は借りて使うのが普通だったから、高い家賃の家に住んでいる男性戸主を有権者としたのだ。

 

この制度で新しく有権者となるのは14万人程度に過ぎず、100万人いた有権者がたった1割ちょっと増えるだけであった。

 

なのでグラッドストンは、不動産所有や家賃で決めるのはやめて、納税額で有権者を決めるべきだと主張した。

 

しかしディズレーリは選挙法改正案を是が非でも通して、自由党の分裂を図りたかったため、野党・自由党の議員も賛成し易いよう譲歩を繰り返した。

 

そのおかげで原案では色々あった制限はどんどんそぎ落とされ、なんと都市部の男子戸主全員と、一部の借家人に選挙権を与える法案を可決させててしまった。

 

結果的にグラッドストンの案より有権者の数は増え、有権者数は100万人から200万人に倍増することになった。

 

しかし選挙法改正の手柄は、自由党のグラッドストンに奪われ、総選挙では、保守党に有利なように区切った選挙区にもかかわらず、グラッドストン人気で自由党に敗北するという屈辱を味わう。

 

さらにディズレーリは、総選挙の敗北で辞任した最初の首相になってしまった。


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