日本新生への処方箋

日本新生への処方箋記事一覧

高齢化のピークをまだ20年も先に控え、先行きが見えなくなった日本。日本の今すぐの課題は財政赤字と国債残高の異常な増え方だ。特に国債の利払い費用はすでに、年間10兆円を超えている。歳入(収入)が40兆円あまりしかないというのに、10兆円も利子を払わねばならない有様。これは年収400万円の人が借金のために、毎年利子を100万円も払っているようなもの。元金を返済するどころか利払いだけでこれだから、健全な...

対GDP比で200%を超える借金を抱えた日本。こんなに借金を抱えては身動きが取れない。日本の国債は日本円建てで発行されているので、90年末のアルゼンチンのドル建て国債やギリシャのユーロ建て国債とは多少事情が違っている。また日本の国債の持ち主の9割が国内企業や組織なので、国債の暴落はないと主張するアナリストもいる。だが暴落が起こらなくとも、利払いだけでも年間10兆円を超えている。税収が40兆円しかな...

人口が増えれば経済は成長する。ただし人間の頭数だけ増えても飢餓人口が増えるだけで経済は成長しない。人口増によって経済が発展するには、その前に農業の生産性が上がる必要がある。というのも農業の生産性が上がらなければ、たくさん農産物を作ることが出来ず、増えた人口を養うことが出来ないからだ。たとえばイギリスで産業革命が起こる前にはノーフォーク農法という農法が開発され、それによって農産物の大量生産ができるよ...

農業の生産性が上がると人口が増える。人口が増えると経済が成長する。単に豊作が続いただけであれば、その後に凶作になって人口はまた減るが、生産技術が上がった場合は増えた人口を養い続けられる。そして人口が増えると、人余りが生じる。農業の生産性が上がって人口が増えても、増えた人口より少ない人数で十分な生産ができるので、別に農業をやらなくても良い人間が増えるのだ。農地の広さは限られているので、その農地を耕す...

イギリスの産業革命は、キャラコという綿織物が大人気になり、それを一般市民も欲しがったことから一気に進んでいった。これがもし貴族などの上流階級だけのブームであれば、綿織物を織るための機械の発展などなかっただろう。上流階級というのは人数が少ないし、そのための生産なら手工業で十分だからだ。しかし18世紀のイギリスのように、数十万単位の市民が新しいモノを欲しがったら、手工業では間に合わない。つまり100人...

経済発展の大きな要因の一つは、人口が増えることだ。人口が増えると消費が増える。消費が増えると生産が増えて、それによって経済が発展する。特に40代人口が増える自由経済国は、経済が自動的に発展しやすい。韓国や台湾、インドネシアなど新興国の経済発展が5%だとか10%等という脅威の経済成長を続けているのは簡単に言うと人口増加のせいである。人口が増えずに5%以上の経済成長を続けるのは難しい。かつて日本が高度...

ここまで見てきたとおり、経済成長の第一の要因は人口の増加である。人口が増えて、旺盛な需要を生み出す。その需要に応える形で経済が発展する。イギリスでは産業革命前に農業革命が起こり、農業生産性がドンと上がって農業生産が増えた。農業生産が増えたことによって人口が増えて、それが都市部に流れ込んで工業化の下地となった。そしてまた30代後半から40代の人口が増える方向だと、子育てのための様々な需要が発生し、経...

生活水準が高くなって、生活を向上しようと言うハングリー精神を失った日本人。こういう状況では、GDPだけじゃなく、一人あたりGDPの成長も難しい。というのも生活を向上させるためにお金を積極的に使おうとはしないから。途上国の国民なら、卵も食べよう、牛乳も飲もう、肉や魚も食べようと言う欲がある。立派な車を乗り回し、狭い四畳半の部屋から出て、広い家に住みたいという欲がある。そのために頑張って働こうというハ...

工業化に成功して豊かになった日本。食べるモノには困らないし、車も住宅も既にたくさんある。こんな日本では、物質的豊かさを求めるハングリー精神が育たないのは当然だ。なので豊かさを求めるための消費が生まれずそのための生産も右肩下がりで減少し続ける。「不況が続いてるから、ハングリーなヤツも増えてるはず」…と言う意見もあるだろうが、実はそんなこともない。というのも98年の大不況前後を除けば、購買力平価(こう...

物質的な豊かさを手に入れて、ハングリー精神を失った日本人。ただし失ったのは、物質的なハングリー精神であって、精神的なハングリー精神はあるはず。食うモノは足りている。着るモノは足りている。住むところもある。車も別に欲しくない。それでも積極的に努力している人は大勢いる。たとえば2005年に、秋葉原のドンキホーテの8階の劇場で、7人の観客からスタートしたAKB48。AKB48とは、アイドルグループをもう...

東京秋葉原でスタートしたAKB48。名古屋・栄にSKE48、大阪・難波にNMB48、福岡・博多にHKT48。また「AKB48の公式ライバル」として東京には乃木坂46も誕生した。さらにインドネシアにJKT48、台湾・台北にTPE48、中国・上海にSNH48と、姉妹グループを拡大中。アイドルグループを育てたいというオジサン達と、アイドルになりたいという女の子たちの夢が、国境まで越えてアジアに広がってい...

アイドル不毛の地と言われる大阪で、NMB48を立ち上げた吉本興業。しかし実は吉本がアイドルグループを立ち上げるのは初めてではない。「可愛い女の子はみんな東京に行ってしまうから、大阪でアイドルを育てるのは無理」そんな常識を覆そうと、1990年代初めに、大阪パフォーマンスドール(OPD)を結成して、アイドル育成事業にも挑戦していたのだ。OPDとは、エピックソニーレコードが手がけた東京パフォーマンスドー...

東京秋葉原からスタートし、今や全国各地に姉妹グループを展開するAKB48。それぞれの地域の地元出身のメンバーを集め、地域で活動するというコンセプトがうけ、それぞれの地域で大人気となっている。しかしこういう地方ビジネスを拓いたのは、実はNMB48でタッグを組んでいる吉本興業の方が先で先駆者である。AKBが名古屋、大阪、博多と地方展開しているように吉本興業も札幌・名古屋・広島・博多に事務所を開き、それ...

吉本興業というと、戦後生まれの私などには関西ローカルの興業会社という印象しかない。しかし戦前から東京でもたくさんの演芸場を運営し、東西合わせて1300人もの芸人を抱えていたそうだ。東宝や松竹と並ぶ3大興業会社で、プロ野球の巨人軍や日本プロレスの設立にも参加したというから確かに大きな興業会社だったんだね。しかし戦争でほとんどの演芸場が焼けてしまったため戦後しばらくは演芸から遠ざかり、映画館経営で戦後...

戦前は大興業会社で、最盛期には47もの演芸場を持ち1,300人もの芸人やタレントを抱えていた吉本興業。しかし空襲で演芸場を失い、戦後10年以上、演芸ビジネスから遠ざかっていた。この10年以上のブランクは大きく、ヨシモトが演芸ビジネスを復活させても人気芸人やタレントは戻ってこなかった。というのも戦災で演芸場を失ったヨシモトは、全芸人・タレントと契約を打ち切ったため、ツテがなかったのだ。そこでヨシモト...

1980年に起こった漫才ブームは、吉本興業に一大変革をもたらした。というのも若い世代の漫才は、それまでののんびりした掛け合い漫才とは違いすっかり新しい漫才へと進化していたのだ。若者が機関銃のような激しさで、自由に雑多なことをしゃべりまくる漫才は、シンガーソングライターが自分で歌を作ってそれを自慢げに歌うような力強さと爽快感があった。このブームによって「お笑い」は全国区になり、お笑いタレントは若者の...

1980年の漫才ブームをキッカケに、東京に再進出を始めた吉本興業。最初は単なる連絡事務所であったが、次第に東京で仕事を増やしていく。またタレント養成学校として始めたNSCからダウンタウンやナインティ・ナインなどの人気タレントが出たことによって、タレントの発掘や育成方法も確立していった。その育成方法とは非常に簡単な方法で、「やりたい奴を集めて、基本だけ教え、あとはどんどん舞台に立たせる」というもので...

NSC(吉本芸能学院)の成功で、タレント発掘のノウハウを獲得した吉本興業。所属タレントの北海道移住をチャンスと捉え、今度は札幌に事務所を開き、北海道でもタレント養成を始める。さらに札幌に事務所を置くならと、福岡や名古屋、広島や仙台などにも事務所を置いて地方タレントを発掘し地方マスコミに仕事を開拓し始めた。ヨシモトの芸人と言っても全てが関西出身ではなく実は全国から集まってきている。なので東京や大阪で...

漫才ブームの到来によって、新しい才能の発掘が必須だと分かり、NSCという芸能学校を作ったヨシモト。この狙いは的中し、40万円という授業料にもかかわらずNSCにはお笑い芸人を目指す多くの若者が集まった。そしてその中から新しいお笑いタレントが数多く誕生したことによって、師匠を持たないノーブランド芸人が新たな笑いを開拓していった。またその一方でヨシモトは、地方へのお笑いの普及と、地方でのお笑いタレントの...

誰かがギャグを言ったときに、みんなでズッコケる。誰かが「じゃあオレがやる」と言って手を挙げたときに、他の者も口々に同様のことを言って手を挙げ、誰かがしぶしぶ「じゃあオレもやる」と言ったときに、皆で一斉に手を下ろして「どうぞどうぞ」という。こういう集団芸のようなフォーマットを、吉本のタレントはたくさん持っていて、見事なまでにそれをこなしていく。これは元々吉本新喜劇の笑いのパターンであり、またNSC出...

AKB48と吉本興業の話を長々と書いてきたが、この2つには様々な成功の共通点がある。ひとつ目はまず、「やる気のある人間を集めている」ということだ。有望な新人をスカウトしてくるのではなく、自分から手を挙げてやってきた人間を採用する。手を挙げてきた人間を採用して、さらにふるいにかける。たとえば吉本興業の場合は授業料40万円の養成学校(NSC)で若者を集める。40万という授業料が、やる気の証拠と言うこと...

AKBと吉本、二つ目の共通点は「とにかく舞台に立たせ、経験を積ませる」ということだ。吉本の場合は各地に若手用の劇場を作り、そこでお客さんの前に立ってネタを披露したり、トークさせたりする。東京や大阪では専用劇場を借りているし、地方では毎週どこかでイベントを行っている。名古屋のSKE48が本拠にしている、SUNSHINE SAKAEの劇場も、実は名古屋吉本の若手の劇場と兼用だった。ただしそういう若手育...

AKB48とヨシモト、共通点の三つ目は「成功フォーマットをメンバーで共有する」ということだ。たとえば吉本では、誰かがギャグを言ったり、逆に肩透かしをしたりすると、全員でコケるのが「お約束」だ。他人のギャグや肩透かしでみんながこけて、自分のギャグや肩透かしにみんながこける。これは全員でやらないと面白くないから、素人が飲み会の席でギャグを言っても白けてしまう。「なんやそれ!」「やらんのかい!」こういう...

AKB48とヨシモトの共通点、四つ目は「地方の力を知っている」ということだ。AKB48は名古屋にSKE48を作り、大阪にはNMB48、博多にはHKT48と言う風に不可能と言われていたアイドルビジネスをそれぞれの地方で展開している。また吉本興業では、もっと早い時期から東京や大阪以外にも、札幌や名古屋や広島や福岡に事務所を置き、それぞれ地元でタレントを発掘し活動させている。最近は全国47都道府県に社員...

トップへ戻る