依頼文ひとつ、まともに書けなかった、日本のとあるベテラン国語教師

依頼文ひとつ書けないベテラン国語教師

本を読んで、エッセイや小論文を書く。

 

これって実は相当レベルの高いことである。

 

私なども10年ほど個別学習塾で小中学生を教えているが、小学生でこんな事ができる子供は滅多にいない。

 

というのも日本の国語では、文章を読んで内容を読みとる練習が主で、まともに文章を書く練習はほとんどない。

 

読書感想文や自由作文はあるが、案内状や依頼文などの、他人に何かを伝えるための文は滅多に書かない。

 

だから中学生の英文和訳でも、平気で不自然な日本語を書いている生徒は多いし、社会に出ても、議事録すらまともに作れないヤツは多い。

 

それもそのはずで、ベテラン国語教師ですらちゃんとした実用文が書けなかったりする。

 

私もあるとき、塾でとあるベテラン国語教師に、生徒へのお知らせを作ってもらったのだが、何を言いたいのかハッキリしない文章でビックリした。

 

これをもらった生徒は何をすればよいのか分からないような不思議な文章ができてきて唖然としたことがある。

 

その方は学校で何十年も国語を教えており、古典にも詳しい先生だったので、簡単かと思いきや、全く要領を得なかった。

 

内容はただ、敬老の日に、お爺さんお婆さんにあてた葉書を書いてきてくださいという依頼文で、

  • 何のために葉書を書くのか
  • どのような内容で書けばいいのか
  • いつまでに書いて持ってくればよいのか
ということさえ分かれば良いだけだったのだが。

 



実用文を書くスキルがない、、

仕事をするとき、最初にやるべき事は、要件定義である。

 

要件定義というのは「何を、何の目的で、いつまでにやるのか」をハッキリさせることだ。

 

これが分からなければ、仕事は始まらないし、いつ仕事が完了するのかもわからない。

 

なのでそう言う要件定義も伝えて書いてもらったのに、できあがってきた文章はダラダラと長いわかりにくい文章。

 

こんなモノは、箇条書きで書くべき事をピックアップして、それを自然で簡潔な文章に直せばよいだけのモノなんだが、ベテラン国語教師ですら、まともに文章が書けなかったのだ。

 

で、これはその先生が苦手にしていただけなのかと思って、別の機会には別の国語の先生にお願いしたのだが、そのときもやはり同様で、ガッカリした。

 

要するに日本の国語教育というのは、仕事で必要な実用文もまともに書けないような教育で、これじゃあ論理的思考なんて身に付くはずもない。

 

かつて東大の英語の問題の第一問は、英語の長文を読んで内容を要約する問題だった時期があり、一体何故こんな問題を出題するのか不思議だったが、どうやら日本人に欠けている文章力を試す問題だったようだ。

 

なのでこのサイトでは、ビジネス・シフトして子供の頃からチラシやセールスレター、実用文などを書くこと提言している(予定)わけだが、フィンランドの教育では15年以上前から文章を書く教育にシフトしていたわけである。

 

しかしこれがたやすいことではないことは、想像に難くない。

 

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