党綱領第4条「生産及び交易手段の国有化」

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新党首トニー・ブレアは、労働党を倫理的社会主義政党に戻すため、党綱領第4条に掲げられていた「生産及び交易手段の国有化」の削除を何が何でも成し遂げる決意を固めた

 

この党綱領第4条の取り決めは、労働党が政権を獲得した場合に、組合が企業の国有化を労働党に迫る根拠だった。

 

しかしそのためにイギリスの基幹企業のいくつかは、総選挙のたびに経営権が替わり、労働党が政権を取ると国有化され、保守党が政権を取ると民営化されるという非常に不安定な状態に置かれた。

 

経営権が5年ごとに替わるのであれば長期計画を立てることもできないし、投資を呼び込もうにも、リスクが大きすぎて投資ができない。

 

つまり国有化条項は、イギリス経済停滞の大きな原因の一つであった。

 

だから労働党がいくら企業の国有化は行わないと主張しても、有権者には信じてもらえなかったし、保守党も選挙の度に「労働党が政権を取ったら、企業が国有化されて経済が停滞するぞ」と労働党を攻撃していた。

 

そこでニール・キノック時代からずっと、この第4条の国有化条項削除が検討されていたのだが、左傾化した労働組合の抵抗にあって、実現しなかった。

 

生産手段の国有化は、マルクス主義の強硬左派・共産党分子にとって、労働者が国家を支配するために欠かせない重要政策であり、国有化条項削除は、絶対に受け入れられるモノではなかったのだ。

 

なのでブレアたちが「国有化条項の削除」を提案しても左派勢力は削除ではなく付帯文書の添付や、サッチャー政権下で行われた鉄道・水道事業の再公有化を交換条件・取引条件として持ち出してきた。

 

しかしブレアは保守党に4連敗した最大の責任は、左傾化した労働組合にあると考え、このような交換条件は全て拒否し、全国を回って党員に直接、削除の必要性を訴えた。

 


全国遊説で、国有化条項削除に成功!

労働者の既得権益を守る党からイギリス国民の党へと回帰するために、労働党改革に着手したトニー・ブレア党首。

 

ブレアは、生産手段を公有化するという、労働党綱領第4条の改訂が「新しい労働党」に絶対に必要であると考え、改正案を作るワーキンググループを結成した。

 

それとともに、第4条改訂の必要性を全国の労働党員に直接訴えるために、全国遊説を始めた。

 

そうしてブレアは3ヶ月に渡り全国を遊説して歩き、新しい労働党の方針と、国有化条項の削除を訴え、タウン・ミーティングの形で、のべ3万人の労働党員と直接話をした。

 

ブレアは「生産手段の公有化」を必須とする社会主義は既に死んだと述べ、労働党は共同体を構築し、人々の連帯を強めるのだと力説した。

 

この様子は地方マスコミでも大々的に取り上げられ、労働党員のみならず、一般国民へ向けて「新しい労働党指導者」を効果的にアピールすることとなった。

 

しかし労働党傘下の有力労組は、党執行部の方針に反対を表明し、特にサッチャー政権で民営化されたセクターの組合や公務員組合は、「社会主義の死」に徹底抗戦の構えだった。

 

そうして1994年4月末に行われた臨時党大会では、議決権の14%と12%のシェアを持っていた2大左派組合が、規約第4条の修正に反対票を投じた。

 

しかし個人党員の投票では、86%もの賛成票を獲得し、選挙区ブロック(地方労働党票)では90%の賛成票を獲得した。

 

しかし問題は、投票の7割を占める労働組合のブロック投票で、55対45という接戦であったが、辛うじて過半数を制して党綱領第4条は改訂され、「生産及び交易手段の国有化」は削除された。

 

労働党の党綱領第四条の変更は好意的に受け止められ、1995年5月に行われた地方選挙では保守党に圧勝した。


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