我々人間がモノを考えるとき、強力な武器となるのが
類推(るいすい)だ。
類推とはアナロジーとも呼ぶが、
別の現象から似たような性質を見つけて応用することである。
似たようなモノを比べてみて
「
もしかするとこれも同じ様な性質があるのかな」と考えるのが類推で、
たとえばデンマークの物理学者であり量子力学の父であるボーアは、
惑星の運行から、電子が一定の間隔で回っている原子モデルを思いついたという。
しかしトフラーのテキストによると、
情報社会では類推によって妥当な結論を得るのが難しいという。
なぜなら類推とは、過去の知識と比較して類似点を捜すというものだが、
社会を構成している基本的な条件が、全く変わってしまった現代では、
過去の経験や知識を応用しても、似たような結果がでない可能性が高いからである。
特に経済学者の予想が当たらないのはひどい…と、トフラーは書いている。
ここ二三十年、エコノミストが経済理論から予想した結果が悉(ことごと)く外れていて、
これは富を生み出す源泉が、物質的なモノから知識に移ってきたせいだという。
従来の経済学理論はアダム・スミスやカール・マルクス、チューネンの時代から、
物理的な財の生産量や価格などに関して考えてきた。
この頃の中心的な課題は、農業で生産される農作物や、工業で生産される工業製品、
つまり物理的な財に関する研究で、サービスに関しては研究の対象外だった。
それから百年がたち、先進国の経済が工業から商業に移って行くに連れて、
サービスにも焦点が当たるようになり、経済学では財とサービスを扱うようになった。
ソ連出身のレオンチェフがアメリカで
産業連関表を作って分析したことによって、
経済全体に関するお金のやりとりなどの全体像が見えるようになった。
これによって公共工事を行った際のGDPの伸び率など波及効果の計算も可能になり、
だからこそ不況になると「財政出動だ」といって、ムダな公共工事をやっていたわけだ。
ところが20世紀後半くらいから、経済は全く予測不可能な領域に入っていく。
高度経済成長期には、あれほど役に立った公共事業も、蟷螂(とうろう)の斧になってしまい、
期待した乗数効果・波及効果は、全くと言って起こらなくなってしまった。
NEXT:
公共投資が役に立たなくなったわけ