知識というのは、財として物理財とはまるで違う性質を持つ。
その一つ目は、
知識の価値は決められないと言うことだ。
物理的な財というのは、他の物理的な財と比較することによって、
それなりの価値を定めることができる。
値段を決める元になるのは、品質・ランクと需給関係である。
たとえば牛肉には種類・部位と等級というのがあって、
生産量や需要量によって市場で価格が定められる。
等級の高い肉は等級の低い肉よりも安いが、
需要と供給の関係で等級とは関係なく値段が上がることもある。
美味しい肉が欲しい人がたくさんいれば、
希少性があって等級の高い肉は高く売れる。
100グラム5000円とか1万円なんて言う牛肉もあるし
高級スーパーにはそう言う肉が並んでいる。
一方、味よりも量が欲しい人がたくさんいれば、
等級が低くても供給量の多いランクの肉の値段が上がる。
物価が上がったとか下がったという場合は、
こちらの肉の価格のことを言っている。
高い肉も安い肉も、取引きされる価格が大まかに決まるから、
生産者は妥当な生産計画をたてることができる。
ところが知識財というのは、
そう言う風に価値を決めることができない。
なぜかというと、
個々の知識は、その状況を作っている他の知識との関連性でのみ意味を持つ
からである。
知識財というのは、それを生かせる人にとっては価値があるが、
そうでない人にとっては全く価値がないのである。
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知識そのものの価値は、ゼロか100