産業というのは、どこでも成立しうるものではない。
製造コストや輸送コストが最小になるような場所でないと、
産業が発達すると言うことはない。
農業の場合は、都市への輸送コストによって農地の利用法が定まったが、
工場の立地は、原材料の輸送コストやエネルギー調達コストと、
消費地への輸送コストなどで決まる。
たとえば内陸部で製鉄を行う場合は、石炭がでる炭坑と、鉄鉱石の鉱山と、
消費地を結んだ三角形の内側になるというイメージだ。
また海上輸送やトラック輸送が主流になり、
エネルギーとして電力が使われるようになった20世紀には、
原材料を大量に搬入できる臨海部や大きな川の沿岸に、
大きな工場が集まるようになった。
これらは全て、原材料の調達地との距離や、市場との距離による制約である。
ところが情報社会で生産される高付加価値商品やサービスは、
無形であるか、恐ろしく軽いモノばかりである。
高付加価値(こうふかかち)というのは、要するに高く売れるモノということだが、
情報社会では、金融やソフトウエア、テレビ番組や音楽、旅行(の予約)などで、
これらは輸送費などかからないので、消費地の近くで生産しなくても良い。
またパソコンなどの情報集約型商品も、一つ一つの部品は軽いモノだから、
航空機で運んでも1コ当たりの輸送費も、タカが知れているわけである。
情報社会の富には「重量」がないので、世界中のどこで作っても良いってことだ。
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情報産業が、季候の良いところに集まるワケ