農耕社会の富の源泉は、農業生産物であった。
農業生産には農地と農民が必要であったから、
封建領主は農地と農民を囲い込むことに腐心した。
農民にも、定住して耕作を行う定住農民と、
季節ごとに移動しながら耕作する農民がいて色々なのだが、
条件が良ければどんどん鞍替えする農民もたくさんいた。
農業というのは耕す土地がないとできないから、
通常は農民も土地にへばりつくしかない。
ところが新しく農地を開墾したりすれば、その土地を耕す農民が必要になる。
そうなると農民の移動が起こってくるわけだ。
日本でも戦国時代や江戸時代初期には、良い土地や良い条件を求めて、
農民がドンドン逃げたり移動したりして、自分で領主を選んだりした。
それが余りにもひどくて幕藩体制を揺るがしかねたかったので、
江戸幕府は農民の移動を禁じて元の土地に帰るように、お触れを出したくらいだ。
農耕社会の富の源泉は農業生産であるから、
その生産を受け持つ農民は、それなりに遇されたのは当然だろう。
ところが戦争などで領主が年貢を引き上げたり、
ペストなどの流行病が流行って農民人口が減ったりすると、
それまで鷹揚だった農民の扱いが厳しくなり、移動の自由が制限されたりした。
その結果、様々な農民反乱が起こった。
14世紀のイギリスではワット・タイラーの乱、フランスではジャックリーの乱
日本でも何度か大規模な農民一揆が発生した。
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