労働なきところに富と価値が生まれる時代
こういうプロシューマ活動は、労働ではない。ボランティアでもない。
労働でもボランティアでもないところから
富や価値がドンドン生み出されるのだから、これは革命だ。
経済学の父と呼ばれるイギリスの吃音の経済学者アダム・スミスは、
商品の価格は、投入された労働量によるとした労働価値説を唱えた。
ところがこうやって、労働でもボランティアでもないところから、
富や価値がドンドン生まれてくるのだから、
経済学者の予想が当たらなくなったのも無理はない。
こういった前代未聞の事が起こった原因は、
もちろん「知識」の性質に寄るものである。
アダムスミスに始まった近代の経済学は、
土地や機械などの有形の資本を利用して
労働という人間の作用が加わったことで価値が生まれるとする。
それまでは金銀や宝石などに価値があるものだと考えられてきたが、
そうではなくて、物質に働きかけて商品にしたから価値が生ずる。
だから土地や機械など、利用できる資本や労働力の量や質によって、
作られる商品の量や価格に様々な制約が生じるわけである。
ところが「知識」というモノは物理的な制約がない上、
いくらでもコピーして使えるモノであるから、
有用な知識は、いくらでも富や価値を生むことができる。
借り物でも知恵は知恵、と言うが、タダで提供されたモノは、
含まれる労働価値はやぱりゼロなのである。
タダほど怖いモノはない…というのは、有形の有限なモノに関してであって、
無形のいくらでもコピーできるモノに関しては、当てはまらない。
もちろん無料のモノを使って何か起こっても、責任は自己責任だから、
それが怖いというのなら、基本的には同じ事ではあるが。
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≪知識さえあればタダみたいな費用でできる